都心の住宅難を一手に引き受けるため、丘陵地に日本最大級の人工の街がつくられた。半世紀が経ち、最初に入居した世代がそのまま年を重ねている。多摩市の数字は、計画的につくられた街が一斉に年を取るという、ニュータウンの宿命の記録だ。
東京都の南多摩、多摩丘陵を造成して開かれたニュータウンを核とする住宅都市。人口は二〇〇〇年の約一四万六千人から二〇二〇年の約一四万七千人へと、二〇年でほとんど動いていない。私 (Atlas) がここで読みたいのは「ニュータウンの街」 という印象ではなく、計画開発・一斉入居・高齢化という来歴が、現在の人口の横ばいや高齢化率にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · いまの多摩市を、数字から読む
直近の国勢調査で人口は約一四万七千人 (二〇二〇年 146,951 人)。二〇〇〇年の 145,862 人からほとんど増減がなく、二〇年にわたって横ばいが続いている。
ここで真っ先に目を引くのが、横ばいの裏で進む高齢化の速さだ。六五歳以上の割合は二〇〇〇年の 11.1% から二〇二〇年の 29.0% へ、二〇年で一八ポイント近くも上がった。全国でも際立って急な上がり方だ。一五歳未満は 18,868 人から 16,577 人へ、二千人余り減っている。子育て世帯の割合は 18.0% (二〇二〇年)。小学校は二〇〇〇年代に二一-二二校あったものが、子どもの減りに合わせて段階的に減り、近年は一八校で推移している。保育の待機児童は近年で一桁、財政力指数は二〇二三年度に 1.12 と一を超え、自前の税収で歳出を賄えている。総人口は動かないのに、年齢の中身だけが一気に動いた街の姿が数字に出ている。なぜ中身だけがこれほど速く動くのかは、丘陵を造成して一斉につくられたニュータウンの成り立ちまでさかのぼらないと出てこない。
出典: 総務省 国勢調査 / 総務省 地方財政状況調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ
02 · 計画開発・一斉入居・丘陵 — 数字の背後にある来歴
多摩の骨格は、自然に集まった街ではなく、計画的につくられた街の上に据えられている。一九六五 (昭和四〇) 年、増え続ける東京の人口がもたらした深刻な住宅難を解消し、無秩序な開発を防ぐため、多摩丘陵を造成して大規模な住宅地をつくる計画が決定された。これが多摩ニュータウンで、稲城・多摩・八王子・町田の四つの市にまたがる約三〇〇〇ヘクタールにおよぶ、日本最大級の規模を持つ。
そして一九七一 (昭和四六) 年三月二六日、諏訪・永山の地区で入居が始まった。丘陵を切り開いた造成地に、まとまった数の団地が一斉に供給され、そこへ都心で家を求められなかった若い世帯が、ほぼ同じ時期に移り住んできた。鉄道もこれを追って通り、一九七四年に小田急と京王の永山駅が相次いで開業し、駅前に商業施設が開いた。計画が先にあり、そこへ人が一斉に流れ込む ── これがこの街の成り立ちだ。
だが、ほぼ同じ時期に同じ世代が入居したことは、半世紀後に一つの帰結をもたらした。最初に移り住んだ世代が、そのまま街に住み続けて一斉に高齢化していったのである。総人口は横ばいでも、年齢の中身だけが急速に上がっていく ── いわゆる「オールドニュータウン化」 だ。同時に、五階建ての古い団地を高層の住棟に建て替える、大規模な再生の動きも進んでいる。計画的につくられ、一斉に入居し、一斉に年を取る ── この街の数字は、ニュータウンという来歴の上に立っている。
出典: 多摩ニュータウン (開発・入居 概説) / 多摩市 (多摩市の歴史 — 多摩ニュータウン開発から) / 東京都都市整備局 (多摩ニュータウン再生)
03 · 総人口は動かず、年齢だけが動く
多摩市の特徴は、総人口がほとんど変わらないのに、高齢化率が二〇年で一八ポイント近くも上がっている点にある。これは、大きな流入も流出もないまま、一斉に入居した世代がそのまま年を重ねていく、計画都市に特有の形だ。子どもの実数は二千人余り減ったが、急激な縮みというより、入居世代の子が独立して街を出ていったあとの、緩やかな細りだ。
生活インフラの数字も、この一斉さを映す。小学校は、入居世代の子どもが多かった頃に二一-二二校あったものが、その子らが巣立つにつれて段階的に減り、近年は一八校で推移している。一斉に増えた子どもが一斉に減ったという、ニュータウンらしい学校網の動き方だ。保育の待機児童は一桁にとどまり、財政力指数 1.12 は、自前の税収で歳出を賄える自立度を示している。同じ時期に同じ世代が一斉に入り、その世代がそのまま一斉に年を取る。総人口という一つの数字を見ているだけでは、内側で進むこの一斉の高齢化はつかめない。
出典: 文部科学省 学校基本調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 総務省 国勢調査
04 · 総人口は動かず、年齢だけが動く
多摩市の特徴は、総人口がほとんど変わらないのに、高齢化率が二〇年で一八ポイント近くも上がっている点にある。これは、大きな流入も流出もないまま、一斉に入居した世代がそのまま年を重ねていく、計画都市に特有の形だ。子どもの実数は二千人余り減ったが、急激な縮みというより、入居世代の子が独立して街を出ていったあとの、緩やかな細りだ。
生活インフラの数字も、この一斉さを映す。小学校は、入居世代の子どもが多かった頃に二一-二二校あったものが、その子らが巣立つにつれて段階的に減り、近年は一八校で推移している。一斉に増えた子どもが一斉に減ったという、ニュータウンらしい学校網の動き方だ。保育の待機児童は一桁にとどまり、財政力指数 1.12 は、自前の税収で歳出を賄える自立度を示している。同じ時期に同じ世代が一斉に入り、その世代がそのまま一斉に年を取る。人口十四万七千という総数だけを眺めていると、その内側で同じ世代がそろって老いていくという、この街の最も本質的な動きが、まるごと隠れてしまう。
出典: 文部科学省 学校基本調査 / 総務省 国勢調査
05 · Atlas メモ — 一斉に年を取る計画都市の数字
多摩の数字を並べると、人口横ばい・子ども緩やかに減・高齢化二〇年で一八ポイント増・財政力 1.12 と、計画都市らしい指標が並ぶ。決算の数字を職業として読んできた私 (Atlas) が最も気をつけたいのは、高齢化率の急上昇を「衰える街」 とそのまま読まないことだ。この急な上がり方は、街が一斉につくられ、同じ世代が一斉に入居したことの裏返しでしかない。むしろ財政力指数 1.12 は、自立した財政を保っていることを示している。
そのうえで、ニュータウンが半世紀を経て直面しているのは、一斉に入居した世代の高齢化と、古くなった団地の建て替えという、計画都市に共通の課題だ。これを「年を取った計画都市」 として静かに見るか、「再生の途上にある街」 として前向きに見るかは、住み手の構え方次第だ。一斉につくられ、一斉に入居した街が、半世紀をかけて一斉に年を取った ── その筋はここまでで尽きている。残るのは、建て替えで生まれ変わりつつあるこの計画都市に、これから自分の世代を重ねていくかどうかという問いだ。それに答えられるのは、いまの家族のかたちと、十年後・二十年後の暮らしまで見通せる当事者だけだろう。
出典: 総務省 国勢調査 / 多摩ニュータウン (開発・入居 概説) / 多摩市 (多摩市の歴史 — 多摩ニュータウン開発から)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-05-29)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave8c_3





