この小さな海辺の町は、二つの並外れたものを世に送り出した。一つは、本州との間の海峡の底を抜いた長大なトンネル ── その北の出口がこの町にある。もう一つは、二人の横綱だ。同じ町の、同じ小学校から、相撲の頂点に立つ者が二人 出た。海の底を抜く土木と、頂点に立つ力士という、桁外れの二つを生んだ町の経緯を知らずに、この町の数字は読めない。福島町の数字は、海峡の底を抜いたトンネルと二人の横綱の来歴が刻まれた町の記録だ。
北海道の渡島半島の南西、津軽海峡に面する町。本州と北海道を結ぶ長大な海底トンネルの、北海道側の坑口がこの町にある。そして、相撲の頂点である横綱を二人 ── しかも同じ小学校から ── 送り出した「横綱の里」でもある。だが、その二つの誇りとは裏腹に、人口は二〇〇〇年の 6,795 人から二〇二〇年の 3,794 人へ、二〇年で四割を超えて減ってきた。私 (Atlas) がここで読みたいのは「横綱の里」という記号ではなく、海底トンネルと二人の横綱という来歴が、現在の人口や高齢化の数字にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · いまの福島町を、数字で見る
直近の国勢調査で人口は約三千八百人 (二〇二〇年 3,794 人)。二〇〇〇年の 6,795 人から二〇年で四割を超えて減り、六五歳以上の割合は二〇〇〇年の 25.8% から二〇二〇年の 48.8% へと上がった。住民のほぼ半数が高齢者という、道内でも厳しい部類の高齢化だ。
住宅地の公示地価は一㎡あたり七千二百円ほどと低い。財政力指数は二〇二三年度に 0.22 で、自前の税収では歳出の二割ほどしか賄えず、地方交付税に頼る度合いが大きい。小学校は二〇〇〇年の四校から二〇二三年には二校へ統廃合された。海底トンネルの北の口を持ち、二人の横綱を生んだ町が、なぜこの数字に至ったのかは、その来歴と地理を遡らないと読めない。
02 · 津軽海峡・海の底を抜いたトンネル・同じ小学校の二人の横綱 — 数字の背後にある来歴
福島町を据えているのは、本州との間に横たわる津軽海峡という地形と、その海の底を抜いた長大なトンネル、そして同じ小学校から出た二人の横綱だ。始まりの層は、海峡である。本州と北海道を隔てるこの海峡は、古くから人と物の往来を阻む壁であり、同時に渡りの要衝でもあった。海の幸を採る漁と、烏賊を干して加工する生業が、海辺のこの町を支えてきた。
その海峡に、二十世紀、人の手で底を抜く大事業が挑まれた。海の底をくぐる長大なトンネルが掘られ、その北海道側の出口が、この町に置かれた。世界でも有数の長さを持つ海底トンネルの、北の玄関がこの小さな町にある。そしてこの町は、もう一つの桁外れを生む。相撲の最高位である横綱が、この町から二人 ── 一人はその弟子にあたり ── 出た。しかも二人は同じ小学校の出身だ。人口数千の町から、頂点の力士が二人 出るのは、ただごとではない。海の底を抜く土木と、相撲の頂点という個の偉業 ── 人口数千の海辺の町が、その桁外れを二つ世に送り出した。
出典: 青函トンネル (世界有数の海底トンネルで、北海道側の坑口・記念館が福島町吉岡にある 概説) / 横綱千代の山・千代の富士記念館 (41代 千代の山と 58代 千代の富士は同じ福島町出身で同じ小学校の出身・記念館は1997 開館 概説)
03 · 横綱を生んだ小学校でも、子どもが減れば学校は減る
二人の横綱を同じ小学校から送り出した町であっても、その後の人口の減少までは止まらなかった。福島町の小学校は二〇〇〇年の四校から二〇二三年には二校へと統廃合され、児童数は二〇〇〇年の 362 人から二〇二三年には 96 人へと、四分の一近くまで縮んだ。かつて頂点の力士を育てた学び舎の数が、子の数の減少とともに減っていく。誇るべき来歴と、いま町に暮らす子どもの数とは、別の指標として動く、ということだ。
保育の利用定員は二〇二四年・二〇二五年とも 40 人で、待機児童は両年ともゼロだ。だが申込者は二〇二四年の 25 人から二〇二五年の 35 人と、定員の範囲にとどまる。粗出生率は二〇〇〇年の約 6.2 から二〇二〇年の約 3.4 へ下がった。待機児童ゼロという数字を「子育てしやすさ」と短絡せず、子の絶対数が細っているという背景とセットで読む必要がある。横綱を生んだ町という記憶と、そこで子を育て続ける現実とは、必ずしも重ならない。
出典: 文部科学省 学校基本調査 (e-Stat 社会・人口統計体系) / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 総務省 国勢調査
04 · 海の底の玄関と相撲の頂点を持つ、海辺の町
それでも福島町には、二つの並外れた来歴がある。一つは、本州と北海道を結ぶ海底トンネルの北の坑口を持つ、という地理だ。海の底を抜く大事業の北の玄関が、この町にある。もう一つが、相撲の頂点である横綱を二人、同じ小学校から送り出した「横綱の里」である、という性格だ。海の底をくぐる土木と、頂点に立つ力士という、桁外れの二つが、この海辺の町に固有の輪郭を与えている。
ただし、海底トンネルは町の下を通り抜けるものであり、列車はこの町に停まるわけではない。トンネルの北の玄関を持つことは、町に記念の施設と誇りをもたらしたが、人の流れをこの町に留めることとは別の話だ。海の底を抜く偉業の玄関と二人の横綱を抱えながら、この町は津軽海峡の海辺で四割を超えて人口を減らしてきた。
出典: 福島町 (横綱の里・町の紹介) / 青函トンネル (世界有数の海底トンネルで、北海道側の坑口・記念館が福島町吉岡にある 概説)
05 · Atlas メモ — 数千人の町と、町が生んだものの桁外れの不釣り合い
福島町の数字を並べると、四割を超える人口減・高齢化率 48.8%・地価七千二百円・財政力 0.22・四校から二校への統廃合と、津軽海峡の小さな海辺の町らしい厳しい指標が並ぶ。だが私 (Atlas) が会計の現場で大小の桁を扱ってきた目で言えば、ここでまず読みたいのは、この人口数千の町が「海の底を抜く長大なトンネルの北の玄関」と「同じ小学校から出た二人の横綱」という、桁外れの二つを抱えている、という来歴だ。海の底を抜く土木の偉業も、相撲の頂点という個の偉業も、この小さな町から生まれた。町の規模と、町が生んだものの大きさとが、これほど食い違う町は珍しい。
もう一つ考えたいのは、その桁外れの二つが、人口の減少までは止めていない、という点だ。海底トンネルの玄関は、列車が停まらず町の下を抜けていくものであり、横綱の記憶は誇りではあっても、そこで子を育てる世帯の数とは別の論理で動く。誇るべき来歴を持つことと、そこに人が暮らし続けることとは、別の指標で測られる。海の底を抜いた偉業と二人の横綱を生んだ町で、いま小学校に通う子どもは、二〇年前の四分の一近くにまで減った。いちばん桁外れなのは、その二つを生んだ起点が、人口わずか数千人の津軽海峡の小さな町だったという、その不釣り合いそのものだ。
出典: 総務省 国勢調査 / 福島町 (横綱の里・町の紹介) / 横綱千代の山・千代の富士記念館 (41代 千代の山と 58代 千代の富士は同じ福島町出身で同じ小学校の出身・記念館は1997 開館 概説) / 青函トンネル (世界有数の海底トンネルで、北海道側の坑口・記念館が福島町吉岡にある 概説)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (wave29-east 2026-06-04)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: w29e_145




