この街の東のはずれには、谷一面から白い湯けむりが立ちのぼり、地の底から毎分数千リットルの湯が湧き出す一帯がある。古くから人々が湯に浸かりにきたこの谷を、人は地獄になぞらえて呼んだ。だが、同じ市域の西のはずれは、隣り合う鉄の街の市街地がそのまま続き、化学や窯業の工場が立ち並ぶ。湯けむりの観光地と、煙突の工業地を一つの市域に併せ持つこの街は、人口を減らしてきた。登別市の数字は、温泉地と工業圏という、二つの顔の来歴が刻まれた街の記録だ。
北海道の南西部、太平洋に面し、東に温泉地を、西に工業地を抱える市。人口は二〇〇〇年の 54,761 人から、二〇二〇年の 46,391 人へと、一貫して減ってきた。私 (Atlas) がここで読みたいのは「温泉のまち」 という記号ではなく、温泉地と工業圏という二つの顔の来歴が、現在の人口や財政にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · いまの登別市を、数字で見る
直近の国勢調査で人口は約四万六千人 (二〇二〇年 46,391 人)。その推移は、一貫した減少だ。二〇〇〇年の 54,761 人から、二〇〇五年の 53,135 人、二〇一〇年の 51,526 人、二〇一五年の 49,625 人、そして二〇二〇年の 46,391 人へと、二〇年で八千人あまりが減った。
中身を見ると、観光地と工業地を抱えながら縮んでいく街の姿が出る。六五歳以上の割合は二〇〇〇年の 20.3% から二〇二〇年の 37.3% へと上がり、四割に近づいた。子育て世帯の割合は二〇二〇年で 17.0%、保育の待機児童は二〇二四年・二〇二五年ともゼロ。財政力指数は二〇二三年度に 0.46 と、自前の税収では歳出の半ばほどしか賄えず、交付税への依存が大きい。湯けむりの観光地と煙突の工業地を抱えた街が、人口を減らしながら高齢化を深める姿が数字に出ている。なぜこの形なのかは、温泉地と工業圏の来歴を遡らないと読めない。
出典: 総務省 国勢調査 / 総務省 地方財政状況調査 (財政力指数) / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 国土交通省 不動産情報ライブラリ
02 · 地の底から湧く湯・隣の鉄の街の工業圏・町から市へ — 数字の背後にある来歴
この街の骨格は、東のはずれに湧く湯と、西のはずれに広がる工業地という、性格の異なる二つの層によって据えられている。東の層は、湯である。市域の東のはずれには、谷一面から白い湯けむりが立ちのぼり、地の底から毎分数千リットルの湯が湧き出す一帯がある。古くから人々が湯に浸かりにきたこの谷を、人は地獄になぞらえて呼んだ。明治の頃から湯治の場として知られ、近代には北海道を代表する温泉地の一つに育って、この一帯は国立公園にも組み込まれた。湯と火山の織りなすこの景観が、街の東の顔をつくった。
西の層は、鉄と工業である。この街の西のはずれは、隣り合う鉄の街の市街地がそのまま続いている。北海道でも有数の重工業地帯であるその街の工業の圏に、この街の西部も組み込まれ、化学や窯業、食品や電子部品などの工場が立地していった。昭和の四〇年代には工業用水を蓄えるダムも整えられ、街は工業圏の一角を担うようになった。そして市となった道のりも、この街を映す。この地は明治の初め、東北のある旧藩の家臣や職人が移り住んだのを始まりとし、昭和の半ばに町となり、一度はべつの地名を名乗ったのち、温泉地の名を市の名に選んで、昭和の四〇年代の終わりに市となった。地の底から湧く湯と、隣の鉄の街の工業圏。東のはずれに湯が湧き、西のはずれに工場が連なる ── 太平洋に面したこの地は、観光と工業という性格の異なる二つの顔を、一つの市域に同居させてきた。登別のいまは、その二面を併せ持つ街の現在形だ。
出典: 登別市「登別市について」 (1951 幌別町→1961 登別町→1970 市制・室蘭工業圏の一角+登別温泉の観光都市 概説) / 北海道遺産「登別温泉地獄谷」 (大湯沼/地獄谷の源泉群・支笏洞爺国立公園・北海道有数の温泉地 概説)
03 · 二つの顔を抱えた街で、人口を一貫して減らす
登別市の特徴は、観光地と工業地という二つの顔を抱えながら、人口を一貫して減らし、高齢化を深めている点にある。二〇〇〇年の 54,761 人から二〇二〇年の 46,391 人まで、二〇年で八千人あまりが減った。温泉地を訪れる人の数は、その時々の旅の流行や景気に左右され、隣の鉄の街の工業圏も、重工業を取り巻く時代の波のなかにある。観光と工業という二つの産業が、いずれもこの街に若い世代の働く場を大きく増やすには至らず、若い世代が都市部へ移るなかで、人口は一貫して減ってきたと読める。六五歳以上の割合が二〇二〇年で 37.3% と四割に近づいたのも、その人口構成の表れだ。
その一方で、保育の待機児童は二〇二四年・二〇二五年ともゼロだ。財政力指数 0.46 は、自前の税収では歳出の半ばほどしか賄えない水準で、交付税への依存が大きい。観光と工業を抱えながらも、住む人の数が減るにつれて、自前の税源には限りが出てきていることを映している。二つの顔を抱えた街は、いまは人口を一貫して減らしながら高齢化を深めている。人口は一貫して減り、高齢化は四割に近づき、財政の体力は弱め。二つの顔を抱えながら人口を止められないというこの姿は、観光も工業も若い世代の働き場を大きく増やせなかった、という同じ事情に行き着く。どれか一つの数字を取り出すだけでは、その事情は見えてこない。
04 · 地の底から湧く湯と隣の鉄の街の工業圏を、一つの市域に併せ持つ街
登別では、東と西で性格の異なる二つの顔が並んでいる。一つは、市域の東のはずれに、地の底から毎分数千リットルの湯が湧き、谷一面に湯けむりが立ちのぼる一帯を持つ温泉地という来歴で、国立公園に組み込まれた火山と湯の景観を持つ。もう一つが、市域の西のはずれが隣り合う鉄の街の市街地と工業圏にそのまま続く位置で、化学や窯業などの工場が立地する工業地という性格を残す。そして、太平洋に面したこの地が、東に湯を、西に工業を呼び込んだ。
要するに登別は、地の底から湧く湯と隣の鉄の街の工業圏を、一つの市域に併せ持つ街だ。湯けむりの立つ観光地から、煙突の立つ工業地まで ── その両端を「太平洋岸の火山地帯に開け、隣の鉄の街に続く」 という地理が結んでいる。火山がもたらす湯が市域の東に湯けむりの立つ温泉地を呼び、隣り合う鉄の街への近さが西に煙突の立つ工業圏を呼んだ。湯けむりと煙突 ── 立ちのぼるものも、響く音も違う二つの表情が、互いに背を向けることなく、同じ太平洋岸の市域に並んで在る。
出典: 登別市「登別市について」 (1951 幌別町→1961 登別町→1970 市制・室蘭工業圏の一角+登別温泉の観光都市 概説) / 北海道遺産「登別温泉地獄谷」 (大湯沼/地獄谷の源泉群・支笏洞爺国立公園・北海道有数の温泉地 概説)
05 · Atlas メモ — 湯けむりと煙突という二つの表情を、どう手渡すか
登別の数字を並べると、一貫して減る人口・高齢化率 37.3%・子育て世帯の割合 17.0%・財政力 0.46 と、観光地と工業地を抱えた街が縮んでいく指標が並ぶ。だが二本の足場があるのに崩れる、という形にこそ私(Atlas)は目を留める。ここで読みたいのは、この街が「二つの顔」 を抱えながらも、人口の減少を止められていない点だ。温泉地と工業圏という、性格の異なる二つの産業を一つの市域に持つことは、一見すると街の足場を二重に支えるように思える。だが、観光は旅の流行に左右され、重工業は時代の波のなかにある。二つの産業が、いずれも若い世代の働く場を大きく増やすには至らなかったとき、街は二つの顔を抱えたまま、人口を減らしていく ── 登別の一貫した人口減は、その筋道を映している。
もう一つ考えたいのは、この街の二つの顔が、地理そのものから生まれている点だ。地の底から湯を湧かせる火山が東に温泉地を生み、隣り合う鉄の街への近さが西に工業地を生んだ。性格の異なる二つの顔が、対立するのではなく、一つの市域のなかに同居している。観光地としての賑わいと、工業地としての営みが、同じ街のなかで別々の表情を見せる、という重なりは、この街に固有のものだ。人口を減らすなかで、湯けむりと煙突という二つの表情を、この先どう次の世代へ手渡していくか ── それは、観光と工業を併せ持つ登別だけが背負う問いだ。
出典: 総務省 国勢調査 / 登別市「登別市について」 (1951 幌別町→1961 登別町→1970 市制・室蘭工業圏の一角+登別温泉の観光都市 概説) / 北海道遺産「登別温泉地獄谷」 (大湯沼/地獄谷の源泉群・支笏洞爺国立公園・北海道有数の温泉地 概説)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-06-02)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave16_b



