この町は、自らの足元に石炭を持たなかった。栄えの始まりは、隣の谷で掘られた石炭を運び出すために、この地に鉄道の駅が置かれたことにある。石炭そのものではなく、石炭を運ぶ道の駅 ── そこから市街が育った。やがてこの町は、運ばれてくる石炭を原料に、化学の工業を起こす。そして石炭の世が遠ざかると、今度は緑を植え、北海道でただ一つの快適環境都市を名乗った。石炭を運ぶ駅から、石炭化学、そして緑へ。砂川市の数字は、隣の谷の石炭と、石炭化学、そして緑という三つの顔の来歴が刻まれた町の記録だ。
北海道の空知、石狩川の中流に開ける市。この町は、隣の谷の石炭を運ぶ鉄道の駅として市街が育ち、運ばれてくる石炭を原料とする化学の工業都市となり、のちに緑を植えて快適環境都市を名乗った地として、歴史を歩んできた。人口は二〇〇〇年の 21,072 人から、二〇〇五年の 20,068 人、二〇一〇年の 19,056 人、二〇一五年の 17,694 人、二〇二〇年の 16,486 人へと、二〇年で四千人あまりを減らしてきた。私 (Atlas) がここで読みたいのは「緑の工業都市」という記号ではなく、隣の谷の石炭と石炭化学と緑という来歴が、現在の人口や財政にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · いまの砂川市を、数字で見る
直近の国勢調査で人口は約一万六千人 (二〇二〇年 16,486 人)。二〇〇〇年の 21,072 人から、二〇〇五年の 20,068 人、二〇一〇年の 19,056 人、二〇一五年の 17,694 人を経て、二〇二〇年には 16,486 人と、二〇年で四千人あまりが減った。
中身を見ると、隣の谷の石炭で育ち石炭化学を起こした工業都市の姿が出る。六五歳以上の割合は二〇〇〇年の 23.6% から二〇二〇年の 38.8% へと、二〇年で一五ポイントほど上がり、四割に近づいた。子育て世帯の割合は二〇二〇年で 14.1%。就業率は二〇二〇年で 51.2%。保育の待機児童は二〇二四年・二〇二五年ともゼロ。財政力指数は二〇二三年度に 0.29 と、自前の税収では歳出の三割ほどを賄う水準にある。隣の谷の石炭を運ぶ駅に始まり石炭化学を起こした工業都市が、人口を減らしながら街の年齢を上げる姿が、数字に出ている。なぜこの形なのかは、石炭と化学と緑の来歴を遡らないと読めない。
出典: 総務省 国勢調査 / 総務省 地方財政状況調査 (財政力指数) / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 国土交通省 不動産情報ライブラリ
02 · 隣の谷の石炭を運ぶ駅・石炭化学の工業・そして緑 — 数字の背後にある来歴
この町の骨格は、隣の谷の石炭を運ぶ鉄道の駅という出発点と、その石炭を原料とする化学の工業、そして石炭の世の後に植えた緑によって、三つの顔として据えられている。始まりの層は、鉄道の駅である。この町は、自らの足元に石炭を持たなかった。栄えの始まりは、隣り合う谷で掘られた石炭を海辺の港へ運び出すために、明治の半ば、この石狩川中流の地に鉄道の駅が置かれたことにある。石炭そのものではなく、石炭を運ぶ道の駅 ── その駅のまわりに、人と物が集まり、市街が育った。
その上に、化学の工業が乗る。運ばれてくる石炭を原料に、この町では化学の工業が起こった。石炭を燃やすのでも、ただ運ぶのでもなく、石炭を化学の原料に変える ── 隣の谷で掘られた石炭が、この町で別の価値へと組み替えられた。やがて石炭の世が遠ざかると、この町は三つ目の顔を選ぶ。工業都市でありながら、緑を植え、快適な環境を整える道を取り、北海道でただ一つの快適環境都市のモデル地域に選ばれた。隣の谷の石炭を運ぶ駅、石炭化学の工業、そして緑。この三つの顔は、いずれも「足元に石炭を持たない」という一つの欠落から生まれた。掘る町ではなく運ぶ町、変える町、整える町として、砂川は外から来るものを次々と別の価値へ組み替えてきた。
出典: 砂川市/石炭を運ぶ鉄道と石炭化学 (1891〔明治24〕隣の谷=歌志内の石炭を運び出すため岩見沢〜砂川/砂川〜歌志内に鉄道が開設され砂川駅が設置されたころから市街が形成された・のちに東洋高圧をはじめとする石炭化学などの工業が興り工業都市として発展した・市名はアイヌ語オタ・ウシ・ナイ〔砂の多い川〕の意訳 概説) / 砂川市/アメニティ・タウン (1984〔昭和59〕環境庁から全国20か所/北海道では唯一の「アメニティ・タウン〔快適環境都市〕」のモデル地域に指定され、工業都市から緑化に力を入れた快適環境都市「砂川オアシス」として知られるようになった 概説)
03 · 石炭の世の後の工業都市で、人口を減らす
砂川市の特徴は、隣の谷の石炭と石炭化学という来歴を抱えながら、人口を二〇年で四千人あまり減らしている点にある。二〇〇〇年の 21,072 人から二〇二〇年の 16,486 人まで、減りは二割あまりだ。栄えの源であった隣の谷の石炭は、石炭の世とともに掘られなくなり、それを運ぶ駅と、それを原料とした化学の工業もまた、勢いを失った。足元に石炭を持たず、隣の谷の石炭に支えられて育ったこの町は、その石炭が去ると、栄えの根の一つを失った、と読める。六五歳以上の割合が二〇二〇年で 38.8% と四割に近づいたことは、その表れだ。
その一方で、保育の待機児童は二〇二四年・二〇二五年ともゼロで、子育て世帯の割合は二〇二〇年で 14.1%。財政力指数 0.29 は、自前の税収では歳出の三割ほどを賄う水準で、地方交付税に頼る度合いの大きさを示している。石炭の世の後も、この町に残った化学や製造の工業と、緑を整えた環境都市としての歩みが、町の暮らしをいくらか支えている。石炭の世の後の工業都市は、いまは人口を減らしながら、街の年齢を上げている。人口の減りは二割あまり、高齢化は四割に近づき、財政の体力は三割ほど。これらの数字は別々に動いているのではなく、栄えの源だった隣の谷の石炭が去ったという、同じ一点に行き着く。どれか一つを取り出すだけでは、この町の衰えの根はたどれない。
04 · 足元に石炭を持たぬ町が、隣の石炭を運び化学に変え緑を重ねた
砂川には、三つの顔が層をなしている。一つは、自らの足元に石炭を持たず、隣り合う谷の石炭を運ぶ鉄道の駅として市街が育った、という出発点だ。もう一つが、運ばれてくる石炭を原料に化学の工業を起こした、という性格だ。そして、石炭の世が遠ざかると緑を植え、北海道でただ一つの快適環境都市を名乗った。石狩川中流という、隣の谷の石炭と海辺の港を結ぶ道の途上という位置が、運ぶ駅、化学に変える工業、そして緑という三つの顔を、この町に重ねさせた。
つまり砂川は、足元に石炭を持たぬ町が、隣の石炭を運び化学に変え緑を重ねた町だ。隣の谷の石炭を運ぶ駅から、石炭化学の工業、そして快適環境都市まで ── そのすべてが「隣の谷の石炭と海辺の港を結ぶ道の途上」という位置から伸びている。道の途上だったからまず石炭を運ぶ駅となり、運ばれてくる石炭を化学の原料へと組み替え、石炭の世が遠ざかると工業都市でありながら緑を植えた。自らは掘らず、運び、変え、植える ── 隣の谷から届くものを別の価値へ組み替えるたびに、砂川は三度その顔を描き直した。
出典: 砂川市/石炭を運ぶ鉄道と石炭化学 (1891〔明治24〕隣の谷=歌志内の石炭を運び出すため岩見沢〜砂川/砂川〜歌志内に鉄道が開設され砂川駅が設置されたころから市街が形成された・のちに東洋高圧をはじめとする石炭化学などの工業が興り工業都市として発展した・市名はアイヌ語オタ・ウシ・ナイ〔砂の多い川〕の意訳 概説) / 砂川市/アメニティ・タウン (1984〔昭和59〕環境庁から全国20か所/北海道では唯一の「アメニティ・タウン〔快適環境都市〕」のモデル地域に指定され、工業都市から緑化に力を入れた快適環境都市「砂川オアシス」として知られるようになった 概説) / 総務省 国勢調査
05 · Atlas メモ — 掘らずに運び、組み替えることで生きてきた町
砂川の数字を並べると、二〇年で四千人あまりの人口減・高齢化率 38.8%・子育て世帯率 14.1%・財政力 0.29 と、隣の谷の石炭で育った工業都市の指標が並ぶ。だが私(Atlas)は、栄えの出発点に立ち返って数字を読む。ここで気になるのは、この町が「足元に石炭を持たなかった」という、その始まりそのものだ。石炭を掘る町ではなく、隣の谷の石炭を運ぶ駅として育ち、運ばれてくる石炭を化学の原料に変えて栄えた。自らは掘らず、運び、組み替えることで価値を作った、というこの町の立ち位置は、石炭を掘った隣の谷の町とは、栄えの形も、衰えの形も異なる。
もう一つ考えたいのは、この町が石炭の世の後に「緑」という三つ目の顔を選んだ、という点だ。石炭を運ぶ駅として育ち、石炭化学の工業で栄えた町が、石炭の世が遠ざかると、工業都市でありながら緑を植え、快適な環境を整える道を取った。一つの顔に固執せず、運ぶ駅から化学へ、化学から緑へと顔を組み替えてきたことは、隣の谷から届くものを別の価値へ変えることで生きてきた、という来歴と地続きだ。財政力指数 0.29 という数字は厳しいが、その下に走るこの組み替えの軌跡まで、数字はちゃんと語ってくれる。
出典: 総務省 国勢調査 / 砂川市/石炭を運ぶ鉄道と石炭化学 (1891〔明治24〕隣の谷=歌志内の石炭を運び出すため岩見沢〜砂川/砂川〜歌志内に鉄道が開設され砂川駅が設置されたころから市街が形成された・のちに東洋高圧をはじめとする石炭化学などの工業が興り工業都市として発展した・市名はアイヌ語オタ・ウシ・ナイ〔砂の多い川〕の意訳 概説) / 砂川市/アメニティ・タウン (1984〔昭和59〕環境庁から全国20か所/北海道では唯一の「アメニティ・タウン〔快適環境都市〕」のモデル地域に指定され、工業都市から緑化に力を入れた快適環境都市「砂川オアシス」として知られるようになった 概説)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-06-02)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave27e_






