海辺の村で採れた石炭が、製塩の燃料から、セメントと化学肥料の原料へと役目を継ぎ、一つの企業城下町を生んだ。宇部市の数字は、炭鉱の街が化学とセメントへ転進し、公害を緑で覆い直してきた、その来歴の記録だ。
江戸期に石炭が見つかり、その石炭を軸に炭鉱・化学・セメントへと産業を継いできた山口の市。人口は 2015 年の 169,429 人から 2020 年の 162,570 人へ、七千人近く減った。私 (Atlas) がここで読みたいのは「工業の街だ」 という印象ではなく、石炭・化学・公害対策という来歴が、現在の高齢化や子どもの数にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · 数字でたどる、いまの宇部市
2020 年の国勢調査で人口は 162,570 人。十六万を超える。2015 年の 169,429 人からの五年で、七千人近く減った。はっきりと減少の段階に入っている市だ。
ここで見ておきたいのは、子どもの数が総数とともに細り、高齢化が三分の一に達している点だ。15 歳未満は 20,513 人 (2015 年) から 18,676 人 (2020 年) へ、五年で千八百人あまり減った。同じ期間に 65 歳以上の割合は 30.3% から 33.2% へ上がり、三人に一人が高齢者という段階に入っている。住宅地の地価は 1 ㎡あたり 3.0 万円前後 (2026 年・30,000 円/㎡) にある。財政力指数は 0.70 (2023 年) で、1.0 には届かず、標準的な歳出の一部を地方交付税で補う構造にある。これは産業の歴史を持つ地方都市でも、自前の税収だけで歳出のすべてを賄うわけではないという、地方都市の標準的な姿だ。保育の待機児童は 0 人 (2025 年) で、子育て世帯の割合は 18.0% (2020 年) にある。なぜこの形なのかは、石炭から化学へ転進した来歴を遡らないと読めない。
出典: 総務省 国勢調査 / 国土交通省 不動産情報ライブラリ / 総務省 地方財政状況調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ
02 · 石炭・化学・緑化 — 数字の背後にある来歴
宇部の骨格は、一つの資源が役目を継ぎながら街を作り替えてきた歴史だ。もとは瀬戸内に面した村だったこの地で、江戸の初めに石炭が見つかる。当初その石炭は、瀬戸内の塩田で塩を炊くための燃料として使われていた。明治に入ると各所で炭鉱が開かれ、石炭産業がこの地の土台となっていく。経済地理でいう、地下資源を核とした産業集積の出発点である。
運命を決めたのは、地元の人々が自ら出資して炭鉱を起こしたことだ。渡辺祐策らが地元の住民の出資で沖ノ山炭鉱を立ち上げ、採れた石炭を、単に売るだけでなく、セメント製造の燃料に、そして硫安など化学肥料の原料に使うという形へと展開していった。石炭を起点に、機械・セメント・化学が枝分かれしていく。一九二一 (大正十) 年、急速に発展した村は山口県内で二番目の市制を施行した。そして一九四二 (昭和十七) 年、沖ノ山炭鉱組をはじめとする複数の企業が合併して宇部興産 (現・UBE) が発足する。石炭の街は、化学とセメントの街へと軸足を移した。
だが、重工業の集積は降ばい ── 工場から降るばいじん ── という公害を生んだ。宇部はこれに、行政・企業・市民が連携して対処する「宇部方式」 と呼ばれる取り組みと、街を花と緑で覆い直す緑化運動で応えていく。石炭から化学へ転進し、その代償の公害を緑で覆い直す ── 宇部の現在は、一つの地下資源をめぐる転進と修復のこの来歴から続いている。
出典: 宇部市 ときわ公園石炭記念館 (宇部炭田の歴史) / UBE株式会社 (沿革・宇部興産の成り立ち) / 宇部市 (宇部方式の歩み・公害対策と緑化) / 宇部市 (沿革・地理 概説)
03 · 減る街で、三人に一人が高齢者
宇部市の特徴は、人口総数が七千人減るあいだに、高齢化率が三分の一に達している点にある。65 歳以上が 33.2% (2020 年) ── 三人に一人が高齢者という段階は、産業の歴史が古い街ほど、街を作った世代がそのまま年齢を重ねている構図を見せる。
子どもの数は、総数とともに細っている。15 歳未満は五年で千八百人あまり減った。一方で、保育の待機児童は 0 人 (2025 年) に保たれている。ただしこの 0 も、子どもが増える街で需要に供給が追いついた結果ではなく、子どもの絶対数が細っていく中での 0 だと読むべきだ。子育て世帯の割合 18.0% (2020 年) と、15 歳未満の減少を重ねれば、保育需要そのものが緩やかに縮んでいく局面での 0 だと見える。子どもが減り、高齢化が三分の一に達し、それでも待機児童は 0 に収まる ── 同じ待機児童 0 でも、背後で何が起きているかで意味は変わる。一つの数字だけを取り出せば、この街の輪郭は読み違える。
出典: こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 総務省 国勢調査
04 · 石炭という一本の根から、街が枝分かれした
宇部の機能は、石炭という一本の根から枝分かれしている。化学・セメント・機械の産業集積は、宇部興産から続く企業がいまも産業の核を担う。ときわ公園と石炭記念館が、かつての炭鉱の街の記憶を残す。山口宇部空港が瀬戸内側の空の玄関口として街に接している。
宇部は、一つの地下資源をめぐって、採掘から加工へ、そして公害の修復へと役目を継いできた。石炭が見つかり、それが製塩の燃料から化学とセメントの原料へと姿を変え、重工業の代償の降ばいを緑化運動で覆い直した ── 「石炭という一つの資源」 が、時代ごとに違う機能を生み続けてきた。炭鉱も、化学工場も、緑の公園も、もとはといえば同じ石炭という一本の根から枝分かれしている。資源を売って終わりにせず、加工と修復まで一つの街で抱え込んできたところに、この街の太さがある。
05 · Atlas メモ — 宇部の数字を、来歴とともに読む
宇部の数字を並べると、人口減・子ども減・高齢化三分の一・財政力 0.70 と、産業の歴史を持つ地方都市が成熟から縮小へ移る局面の指標が並ぶ。長く帳簿を読んできた者の習いで言えば、これらは別々の出来事ではなく、「一つの資源から枝分かれして街を作ってきた」 という来歴の、同じ根から伸びた結果として読める。石炭で街を起こした世代がそのまま年齢を重ねれば高齢化は進み、採掘から加工へ重心を移す中で人口は緩やかに減る。高い高齢化率も、0.70 の財政力も、別々の弱点ではなく、一つの来歴から枝分かれした現在の姿だ。
塩を炊く燃料だった石炭が、化学とセメントの原料となり、その代償の降ばいを緑が覆い直した。採掘から加工へ、そして修復へ ── 一つの資源を売って終わりにせず、加工と修復まで一つの街で抱え込んできたところに、この街の太さがある。かつて工場から降ったばいじんを覆い隠した緑が、いまはときわ公園の木立として石炭の記憶のうえに茂っている。石炭から枝分かれした街は、その最後の枝に、緑を選んだ。
出典: 総務省 国勢調査 / 宇部市 (沿革・地理 概説) / UBE株式会社 (沿革・宇部興産の成り立ち)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-05-29)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave7aq_




