有馬氏二十一万石の城下町が、農家の娘が編んだ絣と、足袋から生まれたタイヤと、医師不足を埋める医学校を重ねて、福岡県第三の都市になった。久留米市の数字は、城下町・繊維・ゴム・医療という幾層もの産業が積み重なった、その来歴の記録だ。
有馬氏が約二百五十年治めた筑後川左岸の城下町が、久留米絣の繊維、足袋から起こったゴム工業、そして医学校を核とする医療を重ねて発展した福岡県南西部の市。人口は 2015 年の 304,552 人から 2020 年の 303,316 人へ、千二百人ほど減った。私 (Atlas) がここで読みたいのは「歴史ある地方都市だ」 という印象ではなく、城下町・絣・ゴム・医療という来歴が、現在の子どもの数や待機児童にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · 久留米市の現在を、指標で押さえる
直近の国勢調査で人口は約 30 万 3 千人 (2020 年 303,316 人)。2015 年の 304,552 人からの五年で、千二百人ほど減った。福岡県では福岡市・北九州市に次ぐ第三の人口を持つ中核市で、増勢はすでに過ぎ、ゆるやかに減る段階に入っている。
子どもの数は、総数よりも速く細っている。15 歳未満は 41,133 人 (2015 年) から 37,877 人 (2020 年) へ、五年で三千二百人あまり減った。同じ期間に 65 歳以上の割合は 25.0% から 26.4% へ上がっている。子育て世帯率は 19.7% (2020 年)。住宅地の地価は 1 ㎡あたり 6.3 万円前後にある。財政力指数は 0.64 (2023 年) で、標準的な歳出の一定部分を地方交付税で補う水準だ。ここで見ておきたいのは保育の待機児童が 0 人 (2025 年) という点だが、この数字は単独では読めない。後で触れるとおり、子の絶対数が三千二百人細っていることと併せて読む必要がある。こうした数字がなぜこの形なのかは、城下町と繊維とゴムと医療の来歴を遡らないと見えてこない。
出典: 総務省 国勢調査 / 国土交通省 不動産情報ライブラリ / 総務省 地方財政状況調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ
02 · 城下町・絣・ゴム・医療 — 数字の背後にある来歴
久留米の骨格は、一つの城下町の上に、性格の違う産業が幾層にも積み重なってできている。一六二〇年代、有馬豊氏が二十一万石でこの地に入封し、以後約二百五十年にわたって有馬氏が筑後川左岸の久留米城とその城下を治めた。学問を奨励し町を整えた城下町という土台が、まず据えられる。
その城下に最初に根づいた産業が、繊維だ。江戸後期、米屋の娘・井上伝が考案したとされる久留米絣 ── 綿糸を先に染めてから織ることで独特のかすれ模様を生む綿織物 ── が、筑後地方の地場産業として広がった。そしてこの綿織物の伝統が、次の層を生む。木綿の足袋づくりが、一九二二年に地下足袋へと進み、やがてゴムとタイヤの工業へ展開していった。一九三一年、ブリヂストンの久留米工場が日本初のタイヤ工場として操業を始める ── 久留米はこの世界的ゴム企業の創業の地だ。ムーンスターやアサヒシューズといったゴム関連の企業も、この地に育った。経済地理でいう、綿織物から地下足袋、そしてゴムへと技術が連鎖した産業の path dependence の例だ。
四つ目の層が医療だ。一九二八年、地方の医師不足を補うため、九州医学専門学校 (現在の久留米大学) が設立される。これが核となり、久留米は医師と医療機関が高い密度で集まる医療都市となった。城下町・絣・ゴム・医療。一つの城下に二百年をかけて性格の違う産業が積み上がり、福岡県第三の都市の現在を形づくってきた。
出典: 久留米市 (久留米入城 400 年モノ語り・有馬家) / 久留米市 (脈々と受け継がれる、 久留米のものづくり) / 久留米市 (ゴム産業発祥の地) / 久留米大学 (大学案内・沿革)
03 · 待機児童ゼロの裏で、子どもは減る
久留米市の数字を読むうえで肝心なのは、待機児童 0 人 (2025 年) という一見明るい数字を、単独で読まないことだ。同じ市で、15 歳未満の絶対数は五年で三千二百人あまり減っている。待機児童がゼロまで下がった背後には、預ける側の子どもの数そのものが細っているという分母の縮小が、少なからず混じっていると見るのが筋だ。
これは、子どもが増える中で供給を需要に追いつかせて待機児童を減らした明石市とは、背後の向きが正反対の数字だ。むしろ子が細る地方都市のような、子の絶対数が細った結果としてのゼロに近い構図と読める。「待機児童ゼロ」 という同じ言葉が、市によってまったく違う意味を持つ ── そのことを久留米の数字は端的に示している。子育て世帯率 19.7% も、三十万都市としては高くはない。城下町と多層の産業を抱えた福岡県第三の都市でも、子どもの数は静かに細り、待機児童ゼロという数字は、その縮みの裏返しという面を含んでいる。数字は、良し悪しではなく街の構造を映している。
出典: こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 総務省 国勢調査
04 · 絣・ゴム・医療が、城下に積み上がった
久留米は、二百年をかけて積み上がった来歴の層として読める。一つは、ゴム工業の創業の地という役割で、日本初のタイヤ工場に始まる世界的企業の本拠の一つと、関連する企業群が、いまも町の産業の柱を成している。もう一つが、久留米大学を核とした医療の集積で、医師と医療機関が高い密度で集まる、県南の医療拠点としての顔だ。さらに、江戸後期から続く久留米絣の繊維と、筑後川流域の農業が、城下町以来の地場産業として残る。
この町に固有なのは、性格の違う産業が一つの城下に幾層も重なっている点だ。有馬氏の城下町から、井上伝の絣へ、足袋から起こったゴムへ、そして医師不足を埋めた医学校から医療へ ── それぞれが別の時代に、前の層の上へ積み上がってきた。福岡県第三の人口を持つ中核市という現在は、一つの産業ではなく、二百年をかけて重なった複数の層が支えている。絣を織る手から始まり、その糸を扱う技がゴムの創業を呼び、いまは大学病院を核とする医療の集積へと連なる。この町で働くとは、その幾層もの足場のどれに立つかを選ぶことに近い。
05 · Atlas メモ — 待機児童ゼロの、二つの読み方
久留米の数字を並べると、人口微減・子ども減・高齢化進行・財政力 0.64 と、成熟期の地方中核市に見られる指標が並ぶ。その中で待機児童 0 人だけが明るく見えるが、公認会計士として数字を扱ってきた目で言えば、ここで最も気をつけたいのは、このゼロを子育てのしやすさと短絡しないことだ。五年で 15 歳未満が三千二百人細っている以上、待機児童ゼロには分母の縮小が混じっている。同じゼロでも、子が増えて供給が追いついた結果なのか、子が減って需要そのものが細った結果なのかで、意味は正反対になる。久留米の場合、後者の要素を含むと読むのが自然だ。
暮らしやすさを示すゼロなのか、縮みを示すゼロなのか。同じ一つの数字が、向きの違う二つの顔を持つ。その背後では、有馬氏の城下に絣が織られ、その糸の技がゴムの創業を呼び、いまは大学病院を核とする医療が積み重なって、福岡 (40130) に次ぐ県南の拠点を支えている。明るく見える数字の一つが二つの顔を持つことと、二百年がかりで積み上がった産業の層と ── 久留米という街は、その二段構えで眺めるとよく分かる。
出典: 総務省 国勢調査 / 久留米市 (久留米入城 400 年モノ語り・有馬家) / 久留米市 (沿革・地理 概説)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-05-29)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave7al_




