この街には、川を挟んで向き合う二つの古い町がある。一つは川の西、もう一つは川の東。それぞれが堀をめぐらせた集落として育ち、近世のはじめに陣屋が構えられると、二つの集落は一つの町として整えられた。川の両岸の町は、木綿を織り、油を絞る在郷の町として栄えた。この地はさらに古い来歴も抱えている。盆地の西の山麓は、古代に国を治めた豪族の本拠で、その一族ゆかりの古社が山裾に並び、西の山では古くから山の修験の道が開かれた。古代の豪族の本拠であるこの地は、平成の世の合併に加わらず、単独で歩みながら、いまは大きく人口を減らしている。御所市の数字は、二つの環濠の在郷町という来歴が刻まれた街の記録だ。
奈良盆地の南西部、大阪府と和歌山県に近い山麓に開け、古代に国を治めた豪族の本拠であった地に立つ市。人口は二〇〇〇年の 34,676 人から二〇二〇年の 24,096 人へと、大きく減ってきた。この市は平成の合併を経ず、単独で歩んできたため、近年の人口の推移に合併由来の段差はない。私 (Atlas) がここで読みたいのは「山麓の市」 という記号ではなく、二つの環濠の在郷町という来歴が、現在の人口や財政にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · いまの御所市を、数字で見る
直近の国勢調査で人口は約二万四千人 (二〇二〇年 24,096 人)。この市は平成の合併を経ず単独で歩んできたため、近年の人口の推移に合併由来の段差はない。二〇〇〇年の 34,676 人から、二〇〇五年の 32,273 人、二〇一〇年の 30,287 人、二〇一五年の 26,868 人、二〇二〇年の 24,096 人へと、二〇年で一万人あまりが減ってきた。減り方は、奈良盆地の市のなかでも大きいほうだ。
中身を見ると、山麓の在郷町が、急に年齢を上げる姿が出る。六五歳以上の割合は二〇一五年の 37.1% から二〇二〇年の 41.9% へと上がり、四割を超えた。子育て世帯の割合は二〇二〇年で 13.9%、粗出生率は二〇二〇年で千人あたり 4.0 と、ともに低い。保育の待機児童は、二〇二四年・二〇二五年ともゼロ。財政力指数は二〇二三年度に 0.38 と、自前の税収では歳出の四割弱しか賄えず、地方交付税に頼る度合いの大きい水準にある。古代の豪族の本拠の地が、合併を経ず単独のまま大きく人口を減らす姿が数字に出ている。なぜこの形なのかは、古代の豪族と二つの環濠の在郷町の来歴を遡らないと読めない。
出典: 総務省 国勢調査 / 総務省 地方財政状況調査 (財政力指数) / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 国土交通省 不動産情報ライブラリ
02 · 古代豪族の本拠・山麓の古社・二つの環濠の集落・陣屋の在郷町 — 数字の背後にある来歴
この街の骨格は、古代の豪族の本拠という来歴と、山麓の古社、川を挟む二つの環濠の集落、そして陣屋の在郷町によって据えられている。始まりの層は、古代の豪族の本拠である。盆地の西の山麓にあるこの地は、古代に国を治めた豪族の本拠で、その一族ゆかりの古社が山裾に並ぶ。西の山では古くから山の修験の道が開かれた。古代に国を治めた豪族の本拠という来歴が、この街の土台であった。
この地に、近世の町が育った。川を挟んで向き合う二つの集落が、それぞれ堀をめぐらせた環濠の集落として育ち、近世のはじめに陣屋が構えられると、川の西と東の二つの集落は、一体の町として整えられた。川の両岸の町は、木綿を織り、油を絞る在郷の町として栄えた。市となった道のりも、この街を映す。昭和の半ば、この陣屋の町が周りの町と村を加えて、いまの市となった。そして平成の世の合併には加わらず、単独で歩んできた。古代の豪族の本拠と、山麓の古社、二つの環濠の集落、そして陣屋の在郷町 ── この街の形は、古代に国を治めた豪族の本拠が刻んだ、古社と在郷町の来歴の上に立っている。
出典: 御所市/葛城と鴨 (古代に葛城国の一角で豪族 葛城氏の本拠地・市西部の山麓は鴨の一族ゆかりの古社が並ぶ・西の山では古くから山の修験の道が開かれた 概説) / 御所市/御所まち (慶長5年=1600年に桑山元晴が陣屋を構え、葛城川を挟む西御所と東御所の二つの環濠集落を一体の町として整備・木綿織業や絞油業が発達した在郷町として栄えた 概説) / 御所市 (1958年に御所町ほか4町村が合併し市制施行・奈良盆地南西部で大阪府・和歌山県に近い葛城山麓・平成の合併はせず単独存続 概説)
03 · 古代の豪族の本拠の地で、単独のまま大きく人口を減らす
御所市の特徴は、古代の豪族の本拠と在郷町という来歴を抱えながら、合併を経ず単独で、人口を大きく減らしている点にある。二〇〇〇年の 34,676 人から二〇二〇年の 24,096 人まで、二〇年で一万人あまりが減った。これは、奈良盆地の市のなかでも大きい減り方だ。木綿と油の在郷町として栄えたこの地でも、それらの手仕事が世の移り変わりのなかで力を失い、若い世代の流出が重なって、街全体の年齢が急に上がってきたと読める。六五歳以上の割合が二〇二〇年で 41.9% と四割を超え、粗出生率が二〇二〇年で千人あたり 4.0 と低いことは、その表れだ。
その一方で、保育の待機児童は二〇二四年・二〇二五年ともゼロで、子育て世帯の割合は二〇二〇年で 13.9%。財政力指数 0.38 は、自前の税収では歳出の四割弱しか賄えない水準にある。古代の豪族の本拠の地は、いまは合併を経ず単独のまま、大きく人口を減らしている。人口は二〇年で一万人あまり減り、高齢化は四割を超え、財政の体力は税収だけでは厚くない ── そのいくつもの流れが重なった山麓の在郷町の姿が、数字に表れている。一つの指標だけでは、像は結ばない。
04 · 古代に国を治めた豪族の本拠が、二つの環濠の在郷町を束ねた、という座標
御所は、地図の上で固有の機能をいくつも抱えている。一つは、盆地の西の山麓にあって古代に国を治めた豪族の本拠で、その一族ゆかりの古社が山裾に並ぶ、古代の豪族の本拠という来歴を持つ。もう一つが、川を挟む二つの環濠の集落が、近世の陣屋のもとで一体の町として整えられた、二つの環濠の在郷町としての性格を抱える。そして、木綿を織り油を絞る在郷の町として栄えた、手仕事の町という顔を持つ。盆地の西の山麓という位置が、古代の豪族の本拠を、そして陣屋の在郷町を、この地に置いた。
御所は、古代に国を治めた豪族の本拠が、二つの環濠の在郷町を束ねた街だ。古代の豪族の本拠という来歴から、山麓の古社、二つの環濠の集落、そして陣屋の在郷町まで ── 「盆地の西の山麓で古代の豪族の本拠であった地」 という来歴が、山裾に古社を並べ、川を挟む二つの環濠の町を陣屋のもとに束ねて、街の骨格をつくった。奈良盆地の南西部という位置に、古代の豪族の本拠と二つの環濠の在郷町が重なって、街の輪郭を引いた ── これがこの街の座標だ。
出典: 御所市/葛城と鴨 (古代に葛城国の一角で豪族 葛城氏の本拠地・市西部の山麓は鴨の一族ゆかりの古社が並ぶ・西の山では古くから山の修験の道が開かれた 概説) / 御所市/御所まち (慶長5年=1600年に桑山元晴が陣屋を構え、葛城川を挟む西御所と東御所の二つの環濠集落を一体の町として整備・木綿織業や絞油業が発達した在郷町として栄えた 概説) / 御所市 (1958年に御所町ほか4町村が合併し市制施行・奈良盆地南西部で大阪府・和歌山県に近い葛城山麓・平成の合併はせず単独存続 概説)
05 · Atlas メモ — 古代の豪族の本拠の地の数字を、自分の物差しに引き寄せる
御所の数字を並べると、二〇年で一万人あまり減った人口・高齢化率 41.9%・子育て世帯の割合 13.9%・粗出生率 4.0・財政力 0.38 と、山麓の在郷町が急に年齢を上げる指標が並ぶ。私 (Atlas) が公認会計士として数字を読む癖で目を留めるのは、この街が「古代に国を治めた豪族の本拠」 という、これ以上ないほど古い来歴を抱えながら、いまは盆地のなかでも大きく人口を減らしている、という落差だ。古代の中枢であったことは、現在の人口の支えにはなっていない。来歴の古さと、いまの活力とは、別の層から来ている。歴史の深さがそのまま現在の力になるわけではない、という見方は、ここでも数字がはっきりと教えてくれる。
もう一つ書き留めておきたいのは、この街が「川を挟む二つの環濠の集落を、近世の陣屋のもとで一体の町とした」 という、町の成り立ちだ。もともと別々に堀をめぐらせた二つの集落が、一つの町として束ねられ、木綿と油の在郷町として栄えた。別々のものを一つにまとめて一つの機能を生む、という形は、この街の古い来歴のなかに既にあった。いまの数字が示す厳しさの裏に、二つを束ねて一つの町を成り立たせてきた、という来歴の厚みがある。それを「山麓の市」 という記号として読み流すか、「古代に国を治めた豪族の本拠が、二つの環濠の在郷町を束ねた街」 と見るかは、読む人の暮らし方で変わる。古代の豪族の本拠の地 ── この事実の束を、自分の通勤・予算・家族構成という物差しに当てて測るのは、ここから先の読者に委ねたい。私は数字と来歴を並べるところまでで、優劣はつけない。
出典: 総務省 国勢調査 / 御所市/葛城と鴨 (古代に葛城国の一角で豪族 葛城氏の本拠地・市西部の山麓は鴨の一族ゆかりの古社が並ぶ・西の山では古くから山の修験の道が開かれた 概説) / 御所市/御所まち (慶長5年=1600年に桑山元晴が陣屋を構え、葛城川を挟む西御所と東御所の二つの環濠集落を一体の町として整備・木綿織業や絞油業が発達した在郷町として栄えた 概説) / 御所市 (1958年に御所町ほか4町村が合併し市制施行・奈良盆地南西部で大阪府・和歌山県に近い葛城山麓・平成の合併はせず単独存続 概説)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (wave37-kinki 2026-06-11)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave37k_





