城が築かれて人が移され、参拝客の上陸する港となり、その客への土産物が全国九割の地場産業になった。丸亀市の数字は、城下町・参拝港・うちわという来歴が、比較的ゆるやかな人口の動きにどう翻訳されているかの記録だ。
安土桃山期に亀山へ城が築かれ、こんぴら参りの上陸港として栄え、参拝客への土産物だったうちわが全国九割の地場産業になった香川県の市。人口は 2015 年の 110,010 人から 2020 年の 109,513 人へ、五百人ほど減った。私 (Atlas) がここで読みたいのは「城下町だ」 という印象ではなく、城下町・参拝港・地場産業という来歴が、現在の比較的ゆるやかな人口の動きや子どもの数にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · 数字でたどる、いまの丸亀市
直近の国勢調査で人口は約 10 万 9 千人 (2020 年 109,513 人)。2015 年の 110,010 人からの五年で、五百人ほど減っただけで、ほぼ横ばいに近い。香川県では高松市に次ぐ第二の都市で、人口の動きは比較的ゆるやかだ。
子どもの数も、緩やかな減少にとどまっている。15 歳未満は 15,054 人 (2015 年) から 14,667 人 (2020 年) へ、四百人ほど減った。同じ期間に 65 歳以上の割合は 26.9% から 28.7% へ上がっている。高齢化は進むが、ここまで見てきた延岡や別府と比べれば、高齢化率は低い側にある。子育て世帯の割合は 22.5% (2020 年) で、三市の中では最も厚い。住宅地の地価は 1 ㎡あたり 3.8 万円前後にある。財政力指数は 0.60 (2023 年) で、1.0 に届かない分は地方交付税で補われる構造だが、三市の中では最も高い。保育の待機児童は 0 人 (2025 年)。こうした数字がなぜこの形なのかは、城下町と参拝港と地場産業をめぐる来歴を遡らないと読めない。
出典: 総務省 国勢調査 / 国土交通省 不動産情報ライブラリ / 総務省 地方財政状況調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ
02 · 城下町・参拝港・うちわ — 数字の背後にある来歴
丸亀の骨格は、城・港・地場産業という三つの層が時代をまたいで積み重なった土地だ。一五九七 (慶長二) 年、生駒親正・一正が亀山に城を築いた。翌々年からは宇多津から人を移して城下町を形づくっていく。江戸期には、京極氏が一六五八年に入封し、明治維新までの約二百十年・七代にわたって西讃岐一帯を治めた。城下町としての街区が、この街の一つ目の土台である。
二つ目の土台が港だ。丸亀は、こんぴらさんとして知られる金刀比羅宮への参拝口の港町として栄えた。江戸中期以降にこんぴら参りが盛んになると、丸亀港に上陸した参拝客が丸亀街道を通って琴平へ向かった。丸亀港の太助灯籠から琴平の高灯籠までの道のりは、いまもその面影を残している。経済地理でいう、信仰の集客が港町と街道の繁栄を生んだ過程だ。
三つ目の土台が、その参拝客への土産物から育った地場産業である。丸亀うちわは、江戸初期に金比羅参詣の土産物として作られたのが始まりとされ、やがて全国シェアの約九割 (年約八千三百万本) を占める地場産業へと育った。参拝客という需要が、港町に物産を生み、その物産が地域の産業として根づいた。一八九九 (明治三十二) 年に市制を施行し、城下町・参拝港・地場産業の三層を抱えたまま、香川第二の都市として続いている。いまの比較的ゆるやかな人口の動きは、一つの産業や一社に依存しすぎない、この多層的な来歴と無縁ではない。
出典: 丸亀市 (丸亀城の歴史) / 丸亀市 (うちわ) / 城下町 (丸亀市) / 丸亀市 (沿革・地理 概説)
03 · ゆるやかに動く、子どもの数
丸亀市の特徴は、人口総数が五年で五百人ほど減るにとどまり、子どもの数も四百人ほどの緩やかな減少で、子育て世帯の割合が 22.5% と三市の中で最も厚い点にある。それは生活インフラの数字に、延岡や別府のような急な収縮とは違う、比較的安定した形で現れる。城下町・参拝港・地場産業という多層の来歴を持つ街は、一つの産業の盛衰に街全体が引きずられにくく、人口の動きもゆるやかになりやすい。
保育の待機児童は 0 人だ。子育て世帯の割合が三市で最も厚く、子どもの減少も緩やかな丸亀でのゼロは、子どもが急減した末のゼロというより、一定の子育て需要が続く中で供給がおおむね釣り合っているゼロに近いと読める。同じ「待機児童ゼロ」 でも、延岡・別府の縮む街のゼロとは、背後の人口の動きが違う。子どもの減少が緩やかで、高齢化率も三市で最も低く、子育て世帯が厚く、待機児童はゼロ ── これらは、城下町・参拝港・うちわという三つの層が一つの産業に偏らなかった街の、比較的安定した人口構成がそのまま現れた帰結だ。同じ待機児童ゼロでも、子が急減した末のゼロと、子育て需要が続くなかで供給が釣り合うゼロとでは、背後で動いている人口がまるで違う。
出典: 総務省 国勢調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ
04 · 城と港と地場産業、という重なり
丸亀には、瀬戸内の要衝という立地が、城・港・地場産業という三つの層を時代をまたいで積み上げてきた。一つは、亀山に築かれた丸亀城で、高い石垣を持つ城として城下町の出自を伝えている。もう一つが、こんぴら参りの上陸港だった丸亀港と、そこから琴平へ続く丸亀街道で、参拝の集客が生んだ港町と街道の機能だ。さらに、全国シェア約九割を占める丸亀うちわが、参拝客への土産物から育った地場産業として、いまも街の固有の性格をなしている。
丸亀は瀬戸内海に面した香川第二の都市として、高松市と並ぶ県内の拠点の一つだ。城下町から、参拝港へ、さらに地場産業の街へ ── 「瀬戸内に面し、こんぴらの参道筋にある」 という立地が、時代ごとに違う機能を載せ替えてきた。城も、港も、うちわも、もとはといえば瀬戸内の要衝という同じ立地の上に据えられている。その立地が城を呼び、こんぴら参りの参拝客を運び、土産物だったうちわを全国九割の地場産業へ育てた ── 丸亀の安定は、一つの立地が複数の層を抱え込んだことの裏返しでもある。
出典: 丸亀市 (沿革・地理 概説) / 丸亀市 (丸亀城の歴史)
05 · Atlas メモ — 一つの産業に偏らなかった街として丸亀を読む
丸亀の数字を並べると、人口ほぼ横ばい・子ども緩やかに減・高齢化率 28.7%・財政力 0.60 と、三市の中では最も安定した側の指標が並ぶ。だが私 (Atlas) が貸借対照表を一行ずつ読むのと同じ慎重さで見れば、この相対的な安定は、城下町・参拝港・地場産業という来歴が一つの産業に偏らなかったことと、切り離せない。一社が街の半分を雇った延岡や、観光に就業が傾いた別府と違い、丸亀は城下町の街区・参拝の集客・地場のうちわという複数の層を抱えてきた。その多層性が、人口の動きを比較的ゆるやかにし、子育て世帯の厚みを保つ側に働いている。財政力 0.60 も、三市で最も高いとはいえ、自前の税収で歳出の六割ほどを賄い残りを交付税で補う、地方都市の構造の中にある数字だ。
「多層の来歴を持つ安定した地方都市」 と読むのと、「県都・高松に次ぐ第二の都市」 と読むのとでは、子育て世帯 22.5% という厚みの意味が変わってくる。一社が街の半分を雇った街や、観光に就業が傾いた街と違い、丸亀は城下の街区・参拝の集客・地場のうちわという複数の層を抱えてきた。その多層性が、人口の動きを緩やかにし、子育て世帯の厚みを保つ側に働いている。隣り合う県都・高松市 (37201) と並べると、規模で勝る県都が静かに細る一方、層の厚い第二の都市が動きを緩めている ── この対比は、香川を読むときに覚えておいてよい。
出典: 総務省 国勢調査 / 丸亀市 (丸亀城の歴史) / 丸亀市 (沿革・地理 概説)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-05-29)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave7as_





