海峡には、世界でも有数の大きな渦が巻く。その渦が育てた塩の産業が、のちに世界へ広がる製薬の会社を生んだ。渦潮の街は、捕虜たちが交響曲を初めて奏でた地でもあり、人口を緩やかに減らしてきた。鳴門市の数字は、渦潮と塩と第九が刻まれた街の記録だ。
徳島県の北東端、鳴門海峡に面した地に開ける市。人口は二〇〇〇年の 64,620 人から、二〇一〇年の 61,513 人を経て、二〇二〇年の 54,622 人へと、緩やかに減ってきた。私 (Atlas) がここで読みたいのは「渦潮の観光地」 という記号ではなく、渦潮・製塩・第九という来歴が、現在の人口や財政にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · いまの鳴門市を、数字で見る
二〇二〇年の国勢調査で、この市の人口は 54,622 人。五万人を半ばほど超えたところにある。その推移は、緩やかな減少だ。二〇〇〇年の 64,620 人から、二〇〇五年の 63,200 人、二〇一〇年の 61,513 人、二〇一五年の 59,101 人、そして二〇二〇年の 54,622 人へと、二〇年で一万人ほどが減った。
中身を見ると、四国の地方都市らしい姿が出る。六五歳以上の割合は二〇〇〇年の 21.7% から二〇二〇年の 35.0% へと上がり、三割を超えた。子育て世帯の割合は二〇二〇年で 18.3%、保育の待機児童は二〇二四年・二〇二五年ともゼロ。財政力指数は二〇二三年度に 0.61 と、自前の税収で歳出の六割ほどを賄える、地方都市としては中位の水準にある。渦潮の街が、人口を緩やかに減らし高齢化を深めながら、財政の体力は中位を保つ姿が数字に出ている。なぜこの形なのかは、渦潮と塩の来歴を遡らないと読めない。
出典: 総務省 国勢調査 / 総務省 地方財政状況調査 (財政力指数) / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ / 国土交通省 不動産情報ライブラリ
02 · 海峡の渦潮・塩から生まれた製薬・俘虜収容所の第九 — 数字の背後にある来歴
鳴門の来歴は、激しい潮の流れが渦を巻く海峡という地理と、その海が育てた塩の産業からたどれる。古い層は、塩である。鳴門海峡に巻く渦潮は、潮の干満の差と海底の地形とがつくり出す、世界でも有数の大きな潮流とされる。その海に面した鳴門では、古くから塩づくりが盛んであった。そしてこの塩の産業が、思いがけない展開を生む。一九二一 (大正一〇) 年、ある人物が、塩田に残るにがりを資源として活用しようと、この地に製薬の工業部を創立した。これが、のちに世界へ広がる製薬グループの発祥となった。海が育てた塩が、製薬という産業の種になったのである。
もう一つ、この街には世界とつながる記憶がある。第一次世界大戦のとき、この地の俘虜収容所には、捕虜となった千人ほどのドイツ人が暮らしていた。収容所は、人道的な運営で知られ、捕虜たちは音楽や演劇に活発に取り組んだ。一九一八 (大正七) 年、この収容所で、ベートーヴェンの交響曲第九番が、アジアで初めて演奏された。塩から製薬が生まれ、捕虜が第九を奏でた ── 鳴門の現在は、渦を巻く海峡という地理が抱えた塩と国際交流のこの来歴から続いている。
出典: 鳴門市 (渦潮・製塩・大塚製薬・板東俘虜収容所 概説) / なると第九 (1918 板東俘虜収容所での第九アジア初演・鳴門市)
03 · 渦潮の街で、緩やかに人口を減らす
鳴門市の特徴は、渦潮と塩から生まれた製薬という来歴を抱えながら、人口を緩やかに減らし高齢化を深めている点にある。二〇〇〇年の 64,620 人から二〇二〇年の 54,622 人まで、二〇年で一万人ほどが減った。四国の北東という、徳島市に近いものの大都市からは離れた地で、若い世代が都市へ移っていく流れのなかで、人口の減りと高齢化の深まりが進んでいると読める。六五歳以上の割合が二〇二〇年で 35.0% と三割を超えたのも、その表れだ。
その一方で、財政の体力は中位を保っている。財政力指数 0.61 は、自前の税収で歳出の六割ほどを賄える水準で、地方都市としては中位だ。塩から生まれた製薬の事業所をはじめとする産業が、税源に厚みを与えていると読める。鳴門金時と呼ばれるさつまいもや、わかめといった特産品も、地場の経済を支える。保育の待機児童も二〇二四年・二〇二五年ともゼロで、需要に対する受け皿は保たれている。渦潮の街は、いまは人口を緩やかに減らし高齢化を深めながら、製薬をはじめとする産業を背景に財政の体力は中位を保っている。緩やかな人口減も、三割を超えた高齢化も、中位を保つ財政も、渦巻く海峡の塩を起点に産業を派生させてきた、同じ来歴の上に並んでいる。財政力 0.61 という中位の値だけを取り出すと、これだけ人口が減るなかでなお体力が保たれている理由 ── 塩から生まれた製薬が住む人の数とは別に税源を支えている経緯まではたどれない。
04 · 緩やかに細る、渦潮の海峡の街
鳴門の産業も文化も、渦巻く海峡という一つの自然から思いがけず派生してきた。世界でも有数の大きな潮流とされる海峡の渦潮は、潮と地形がつくる固有の自然を持つ。塩田のにがりを資源として一九二一年に始まった製薬という来歴は、海の塩が産業の種になった古層を残す。そして一九一八年に俘虜収容所で交響曲第九番がアジアで初めて演奏された記憶が、世界とつながる国際交流という固有の構造を、この街に刻んでいる。
鳴門は、渦潮と塩と第九が刻まれた街だ。塩づくりの海辺から、塩から生まれた製薬の街へ、そして第九が初めて奏でられた地へ ── 「激しい潮が渦を巻く海峡に面する」 という地理が、塩を育て、製薬を生み、国際交流の舞台ともなって、街の輪郭をかたちづくった。塩田に残るにがりという副産物から、世界へ広がる製薬がうまれた。土地の恵みを別の産業へ転じる、その思いがけない派生こそが、鳴門という街の経済の起点になっている。
出典: 鳴門市 (渦潮・製塩・大塚製薬・板東俘虜収容所 概説) / なると第九 (1918 板東俘虜収容所での第九アジア初演・鳴門市)
05 · Atlas メモ — 塩が製薬へ転じた来歴から鳴門を読む
鳴門の数字を並べると、緩やかな人口減・高齢化率 35.0%・子育て世帯の割合 18.3%・財政力 0.61 と、四国の地方都市の指標が並ぶ。帳簿を読む者の癖で言えば、ここで読みたいのは、財政力 0.61 という中位の水準を支える構造だ。これだけ人口が減るなかで財政力が中位を保つのは、塩から生まれた製薬の事業所をはじめとする産業が、住む人の数とは別に税源を支えているからだと読める。海が育てた塩が、一世紀をへて、いまもこの街の財政の一翼を支えている ── そのつながりを、数字の背後に読むことができる。
もう一つ考えたいのは、この街が「塩」 という一つの自然の恵みから、思いがけない産業を派生させた点だ。塩田に残るにがりという、いわば副産物を資源として活用しようとした試みが、世界へ広がる製薬グループの発祥となった。土地の恵みを、別の産業へと転じる発想が、この街の経済の歴史にはある。第九がアジアで初めて奏でられた記憶もまた、捕虜という不自由な境遇のなかで生まれた、文化の逆説だ。「渦潮の観光地」 と読むのと、「塩から製薬を生み第九を奏でた街」 と読むのとでは、同じ財政力 0.61 のうしろに見える支えが変わる。塩田のにがりから世界の製薬が、捕虜の不自由な境遇からアジア初の第九が生まれた。人口が減るなかで鳴門の財政力が中位を保つのも、この派生した製薬がいまも税源を支えているからだろう。にがりと塩と捕虜という逆説の連なりを、住む土地を量る材料に入れるかどうかは、暮らす本人の判断にゆだねたい。
出典: 総務省 国勢調査 / 鳴門市 (渦潮・製塩・大塚製薬・板東俘虜収容所 概説) / なると第九 (1918 板東俘虜収容所での第九アジア初演・鳴門市)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-06-02)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave12_9




