一日で旧市街の三分の二を焼いた火災から、街は防火帯を引いて建て直した。池田氏の城下町が大火で焼け、全国初の防火建築帯で復興した鳥取市の数字は、山陰の玄関口が一度焼けて引き直された街区の上に、いまどう歳をとっているかの記録だ。
久松山の鳥取城を核とする池田氏三十二万石の城下町として開け、戦後の大火を防火帯を引いて乗り越えた山陰の中心都市。人口は 2015 年の 193,717 人から 2020 年の 188,465 人へ、ゆるやかに減った。私 (Atlas) がここで読みたいのは「砂丘の街だ」 という印象ではなく、城下町・大火と復興・山陰の玄関口という条件が、現在の子どもの数や財政力にどう翻訳されているか、という因果の筋道だ。
01 · 鳥取市の現在地を、数字で測る
直近の国勢調査で人口は約 18 万 8 千人 (2020 年 188,465 人)。2015 年の 193,717 人からの五年で、五千二百人ほど減った。山陰を代表する県庁所在地でありながら、全国の多くの地方都市と同じく微減の段階に入っている。
ここで見ておきたいのは、子どもの数が総数より速く細っている点だ。15 歳未満は 25,742 人 (2015 年) から 23,684 人 (2020 年) へ、五年で二千人あまり減った。同じ期間に 65 歳以上の割合は 26.3% から 29.2% へ上がっている。一方で子育て世帯の割合は 21.4% (2020 年) と、同じ規模の地方都市の中では厚みを保っている。住宅地の地価は 1 ㎡あたり 4.7 万円前後 (2026 年 47,100 円) にある。財政力指数は 0.50 (2023 年) で、標準的な歳出の半分ほどしか自前の税収では賄えず、残りは地方交付税で補われる。大都市圏から離れた山陰の県庁所在地に共通する構造で、鳥取に固有の弱みというより、立地と人口規模が定める数字だ。保育の待機児童は 0 人 (2025 年) だ。こうした数字がなぜこの形なのかは、城下町と大火という来歴を遡らないと読めない。
出典: 総務省 国勢調査 / 国土交通省 不動産情報ライブラリ / 総務省 地方財政状況調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ
02 · 池田氏の城下町・大火と復興 — 数字の背後にある来歴
鳥取の骨格は、城下町として引かれた街区が、一度焼けてもう一度引き直された、その二段構えだ。戦国後期の十六世紀半ば、久松山に鳥取城が築かれる。一五八一年には羽柴秀吉の兵糧攻めにあい、補給を断たれた城内で餓死者が相次いだという、厳しい籠城の記録を残す城だ。江戸期に入ると、姫路城を築いた池田輝政の血を引く池田氏がこの地を治め、因幡・伯耆三十二万石の城下町として街区を整えた。整備には姫路城の天守を手がけた職人も起用され、鳥取城は「姫路城の弟城」 とも呼ばれる。城下町としての街区が、この街の一つ目の土台だ。
二つ目の土台が、一九五二年の鳥取大火である。フェーン現象による強い南風のもとで火がまたたく間に広がり、旧市街のおよそ三分の二が焼け、五千戸を超える家屋が全壊した。戦後日本でも有数の規模の火災だった。鳥取はこの焼け跡を、全国に先駆けた防火建築帯を含む都市計画で建て直す。駅から県庁へ向かう若桜街道の拡幅をはじめ、焼けた区画を引き直し、燃え広がりにくい街区へと作り替えた。城下町として引かれた街区が大火で焼け、防火を織り込んで近代の都市計画で再生された ── 鳥取の市街地は、城と火という二つの来歴の上に立っている。
出典: 鳥取城 (沿革) / 鳥取大火 (沿革) / 鳥取県 (鳥取大火 70 年) / 鳥取市 (沿革・地理 概説)
03 · 小さくても、子育て層は厚い
鳥取市の特徴は、人口が緩やかに減るなかでも、子育て世帯の割合が同規模の地方都市の中では厚く保たれている点にある。人口は五年で五千二百人減り、子どもの絶対数も二千人あまり減った。高齢者の割合は三割に届く。それでも子育て世帯の割合は 21.4% で、さきに見た奈良や和歌山の県庁所在地より高い。子どもの総数は細りながらも、世帯に占める子育て層の厚みが保たれているという二つの流れが同時に走っている。
そして保育の待機児童は 0 人だ。ここで読み替えが要る。子どもの絶対数が減りつつある街での待機児童ゼロは、浦安のように「増え続ける需要に供給を追いつかせた帰結」 ではない。子どもがゆるやかに減る中で、保育の供給がその需要を上回るところに収まった結果だと読める。同じ「待機児童ゼロ」 でも、背後で子どもが増えているか減っているかで意味はまるで変わる。子どもが減り、高齢化が進み、けれど子育て層の厚みと保育の需給は保たれている ── 大都市圏から離れた山陰の県庁所在地の生活インフラは、規模が小さいなりに均衡を保っている。この数字も、背景とセットで読まなければ意味を取り違える。
出典: 総務省 国勢調査 / こども家庭庁 保育所等関連状況取りまとめ
04 · 城が引いた線と、大火が引き直した線が重なる街区
鳥取には、役目の違う土地がいくつも重なって街区をかたちづくっている。一つは、久松山の鳥取城跡を核とした城下町の街区で、大火を経て防火を織り込んで引き直されながら、県の行政の中心を担い続けている。もう一つが、日本海に面した鳥取砂丘で、山陰を代表する景勝として全国から人を集めている。さらに鳥取は山陰の玄関口として、因幡地域の交通と行政の結節点になっている。
鳥取は鳥取県の県庁所在地として、行政の機能を一身に集めている。兵糧攻めに耐えた山城から、池田氏三十二万石の城下町へ、大火で焼けて防火帯で建て直された街へ ── 「城を核に引かれた街区」 という出自が、焼失と復興を経てなお市街の骨格を定めている。城跡も、引き直された街区も、もとはといえば久松山の麓という同じ土台の上にある。一度焼けたという経験が、燃えにくい街区という形で現代の市街地に刻まれている。鳥取の市街地は、城が引いた線と、大火が引き直した線という二重の図面の上に立っている。
05 · Atlas メモ — 焼け跡が次の世代へ手渡したもの
鳥取の数字を並べると、人口微減・子ども減・高齢化三割・財政力 0.50・待機児童ゼロと、山陰の小ぶりな県庁所在地らしい指標が並ぶ。だが一つの比率を結論にしない訓練を積んできた私 (Atlas) の目から言えば、ここで気をつけたいのは、0.50 という財政力を「半分しかない」 とだけ読まないことだ。標準的な歳出の半分を地方交付税で補う構造は、大都市圏から離れた人口二十万弱の県庁所在地には珍しくなく、鳥取に固有の弱みではない。むしろ、その構造の中で子育て世帯の厚みと待機児童ゼロを保っているという数字の組み合わせのほうが、私には目に留まる。
一八万都市でありながら、子育て世帯の割合 21.4% は、さきに見た奈良や和歌山の県庁所在地より厚い。焼けて引き直された城下町の街区と、日本海の砂丘と、山陰の玄関口という結節が、その厚みを下から支えている。子どもの総数は細りながら、世帯に占める子育て層の厚みは保たれる ── 二つの流れが同時に走るこの形を、一つの数字で断ずることはできない、と私は念を押しておきたい。かつて一日で旧市街の三分の二を焼いた街は、燃えにくい街区という教訓を次の世代の市街地へ持ち越した。いま子育て層に残るこの厚みもまた、子どもが減り続けるこの街が次の世代へ何を手渡せるかを、静かに左右していく。
出典: 総務省 国勢調査 / 鳥取県 (鳥取大火 70 年) / 鳥取市 (沿革・地理 概説)
編集メモ: 数値・出典はすべて公的統計が由来です。 文体は Atlas の語り口に揃え、 AI (atlas-handcrafted-reverse-v1 (Daiki 2026-05-29)) が文章の整え方を担当しています。 評価語・予測語 (「狙い目」「魅力的」 等) は意図的に載せていません。 改訂識別子: wave7n_9




